しののめ日記

汐見 彩 のブログ

ロングラン上映中! 映画『ボヘミアン・ラプソディ』に感動する人・しない人

異例のロングラン上映。
 
私はなぜ繰り返し観るのか。
感動した…から。
どういうところに?
で、それはなぜ?
 
ここに来て、「感動しなかった」
という映画評に考えさせられた。
 
 
さてさて。
まずは私が感動した要因とおぼしき
【キーワード】を列挙しよう。
 
・バンドというもの
・家族の存在  
・自分の使命について
・閉塞感との戦い
・奇跡的な出会い
 
以上
 
これらはひとまず置いといて(←え?)
紐解いていくことにしよう。
 
 
 
QUEENの楽曲の素晴らしさは
演奏力の高さや
フレディの圧倒的な歌唱力
だけによるものではない。
鳥肌のたつような
美しいコーラス・ワークが
特筆される彼らの魅力のひとつだ。
 
しかもメンバー4人全員が曲作りをする
稀有なバンドだとも言える。
映画に描かれていたようにサクサクッと
バンド結成に至ったのではないかもしれない。
ただ、どんなバンドの結成も
奇跡的な巡り合わせがある…
ということは間違いない。
QUEENも然りだ。
学生時代のバンド活動で
私が演者だった頃のこと。
ライブとはなんとも不思議な
ある種異様な光景だと感じていた。
演者が聴衆と対峙しているという光景だ。
 
私はスポーツが苦手である。
球技の殆どを恐れている。
テニス、バレーボール
ましてやドッチボールなんて
格闘技級に関りを拒みたい恐ろしさだ。
 
逃げ場がないやん!
(そもそも逃げようとすることが不謹慎)
 
そのほかの球技で言うと
コートが広かったり
終始対面式なのではなかったり
逃げ場がある。
(だから逃げんなよ)
 
 
話をバンドに戻す。
 
裏にスタッフは控えているとはいえ
ステージ上の数名を遥かに超える人数の
聴衆と面と向かっている光景、怖い。
 
人は面と向かっていると
抱き合うこともできるが
殴り合うこともできる。
提供した音が気に入られなければ
そっぽを向かれる。
気に入られれば
やがてステージ上と客席の人々が
円陣を組んだような一体感を生む。
 
ただ耳で音を捉え目で熱狂を確認し
熱された空気を肌で感じるだけでは
得られない一体感。
目に見えるものでもあり
目に見えないものでもある。
とても豊かな時間に身を置くことになる。
 
ことの最中には気づかず
後々になって
その一体感を思い出と共に匂いが蘇るのは
きっと私だけではないと思う。
 
 
 
ちょっと質問させて欲しい。
「自分の使命を知っている」
と言い切れる人、手ぇ挙げて。
或いは
「使命とは?を考えたことがある」
という人も手ぇ挙げて。
 
挙手した方の中でこの映画を観た方々、
「感動した」か「感動しなかった」かを
思い出しておいて欲しい。
 
因みに私は
「絶賛、己の使命模索中」の身である。
 
 
 
【注・ネタバレ箇所】
 
 
I decide who I am. 
I'm going to be what I was born to be.
A performer…
who gives the people what they want.
 
【ネタバレ箇所おわり】
 
 
自分の使命を知っていた。
正確には「見つけた」と言うべきだろう。
 
それがいつのことか
具には描かれていなかったが、
ウェンブリーの大舞台を前に
メンバーに打ち明けるシーンに
私は息を飲んだ。
己の使命を知らない私は
ひどく心を揺さぶられた。
平たく言って猛烈に感動した。
 
祖国を追われ
家族と英国に渡り暮らす年月。
貧困。
人種差別。
日本に生まれ育った私には解り得ないまでも
その閉塞感は想像に難くない。
父親との確執の様は
母を想う我が身に置き換え
息苦しくも感じられた。
 
アイデンティティを模索しながら
葛藤し寂寥感に押しつぶされそうになる。
けれど如何なる心情・状況にあっても
音楽と共にある純真。
音楽に心情を吐露し想いを託す。
そして、彼の音楽は
フレディの全てを
受け止めているように思えた。
 
「両想いだなぁ。」
 
純粋に羨ましく思った。
 
 
 
多くの好評レビューの中には
当然アンチ評も見られた。
所謂アンチ評は多くがQUEENのファン、
恐らく古くからの
或いは熱心なファンによって書かれていた。
それらは「史実と違う」
と指摘するものが多く意外に感じた。
  
逐一違(たが)わず史実に則っていないと
許せない理由があるということだろうか。  
しばし考える。
 
僭越ながら
QUEENに魅了された後輩として
思い巡らせる時間を割こうではないか。
 
 
 
メンバー4人全員が
ソング・ライティングすることを
映画を観て知ったほど
"うっすらファン" だった私だ。
 史実にこだわる彼らは
QUEENの熱烈かつ真摯なファンである。
 
事実を重視したいとする
真性ファンである彼らのの評価には、
批判をはるかに凌駕する
愛のボリュームがあった。
QUEENへの並々ならぬ愛情を感じた。
 
これはアレだ、
「脳内にインプットされた史実」が
映画を観て拒否反応を示した…
みたいな「現象」なのかもしれない。
 
絶対音感を持つ友人が言っていた。 
♪ドレミ~ と口にしながら
ミファソの音階で唄うのを聴くと
条件反射で鳥肌が立つ、と。
 
そんな感じだな、多分。
考えたんじゃなくて感じた…
その結果なのでは?
 
というところに着地した。
文字にするとあっという間の結論だが
来る日も来る日も考えた
昨日までの時間が幻のようだ…。
 
 

何かに触れてどう感じるかは人それぞれ
何を書いても自由と思っている。
けれど、中にはただただ
「感動できなかった」ばかりの
説明不十分なものあった。
 
概して「自称QUEENファン」の面々だ。
ぺらっぺらの愛が綴られている。
 
あまつさえ
「作りものだから感動できなかった」
には正直、残念無念を感じる。
 
かつて “鶴の一声100万円”
とまで噂された映画評論家おすぎさん。
彼の言葉を思い出した。

「この映画を観て
    泣かない人は人間じゃない!」  

若い頃の私なら
ペラッペラのアンチ評を
血の気多くぶった切ったかもしれない。
 
「首洗って出直してこい」
「おとといきやがれ」
「ほな、ライブ映像でも観とけや。」
 
吐き捨てていたかもしれない。
(いや、内心ちょっと吐きました。)
 
 
アンチ評をめぐり
そんな「説明不足の表現お粗末組」
片腹痛しと一蹴していた。
 
しかし、2度3度4度と鑑賞し
心を揺さぶられる自分を知る度に
お粗末組を気の毒だとも思うようになる。
「なぜ私は感動したのか」同様に
なぜ彼らは感動できなかったのか」
を考えるに至った。
 
私はその偉大な人物に
おこがましくも自分の姿を投影した。
 
この映画に
心動かされることがなかったという人々は、
フレディの自分探しの旅を
捉える必要がなかったのかもしれない。
それは彼らが現状の自分に満足し
既に自分を愛せているから。
彼らは自分の使命を知っているから。
だとしたら
それはそれで美しく素晴らしいことだ。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
“うっすらファン” である
私の素直な気持ちを
真性ファンにそっと伝えておこうと思う
 
 
4人が奇跡的に出会い、
青い時代を経て輝かしい黄金時代を築いた。
「家族」のようになった4人。
「家族」となったからこそ
すれ違う時代を迎える。
フレディの葛藤と覚醒を経て
「家族」が再び動き出す。
『輝ける日々』を取り戻し始める。 
 
 
今作品のキーワードは
『family・家族』ではないかと思う。
ここでは
フレディの育った家庭のことでもあり
QUEENという
家族にも似た仲間のことでもある。
 
史実ではウェンブリー以前
直近にもQUEENのライブ活動はあった。
(そうだ)
 
とは言え 
ライブ・エイドでのパフォーマンスが
蓄積されていた
重苦しいメンバー間の空気を一新した。
その事実が伝わるだけで
十分ではないかと思うのだ。
 
QUEENは「息を吹き返した」。
 
 
 
「ウェンブリー(スタジアム)に
  屋根がないなら空に穴をあけてやる!」
 
ライブ・エイドの熱狂の中
ウェンブリー上空に
確かにあいたであろう穴を
ジョンが微笑みながら見上げる。
それは生まれ変わったQUEEN
未来に続く突破口だ。
 
QUEENの存在だけでは
もはや当人たちにとっても
ファンにとっても意味をなさない。
再び躍動し始めたその瞬間に
劇場の観客は激しく心を動かされる。
そして
ウェンブリー・スタジアムの観客と
QUEENの鼓動を共有したのだ。
 
激しく余談だが
ジョン・ディーコンを演じる
私が初めて見た彼の映画は
『マイ・フレンド・フォーエバー』 
奇しくもジョセフは
幼くしてHIVに感染した少年を演じていた
「あれぇ、大きなったなぁ!」
近所のおばちゃん風に呟くのを
禁じえなかった。
 
 
もとい。
ウェンブリーでQUEENが息を吹き返す。
フレディを見守ってきた人々(≒家族)の
笑顔がスクリーンいっぱいに映し出される。
ステージの4人と聴衆が一体となる。
 
清々しいまでのハッピーエンドに
私は心洗われ安堵し涙した。
 
既に切って落とされた
フレディの病との戦いの幕。
そのことを
一瞬だけ忘れられた刹那でもあった。
 
己の弱さと闘うことをやめなかった
フレディの勝利に涙する。
史実なんて関係ないとする
薄っぺらファンだからこその感動
だったのかもしれない。
伝説であることには変わりない。
私はそれで充分。
お腹いっぱいだ。
 
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これを書き始めた頃
「ボ・ラプ28回目を鑑賞」
SNSに投稿されていた方の鑑賞回数が
今や33回に!
5回分を2週間余りで更新!  
(ざっと計算して
 2~3日毎の鑑賞ですよ、奥さん!)
 
 
私の初回鑑賞から8週間…
5回目を鑑賞しないではいられない気分だ。
 
 
 
       受賞おめでとう!(仮)】
 
の回に続く…予定)
 

 

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Freddie, we all miss you.